1.はじめに
現代社会では、商品やサービスの品質に匹敵するほどにブランドとマーケティングが非常に重要になっています。消費者は、似たような商品やサービスであっても、商標によって何倍も高い値段を喜んで支払うこともありますし、新しい商品やサービスに興味を示し、それを選択するきっかけとなることもあります。そのため、商品の特性を思い浮かべることができる商標を採用したり、消費者によく知られている商標を使用しようとする誘因が大きいのが現実ですが、このような出願に対しては、商標法上、商標登録が認められない場合が多いのです。
消費者によく知られている有名な商標は「周知商標」と「著名商標」に区分して異なる法的効果が付与されていますが、このうち「一般公衆のほとんどに知られている著名商標」は、登録商標の指定商品と同一・類似の商品以外の商品にまで他人の登録を阻止する効力を持っています。
ところで、最近、大法院は、著名商標の識別力又は名声を損なうおそれのある商標として登録を認めることができないという初の事例となる重要な判決を言い渡しました。この「レゴケム判決」を、本ニュースレターを通じて見ていきたいと思います。
2.事件の経緯
大田市ユソン区に所在する「レゴケムバイオサイエンス(LEGOCHEM BIOSCIENCES)(以下「レゴケムバイオ」)」は、2006年に(株)LG化学に在職中だった研究者が退職して設立した会社で、抗がん剤、抗生物質などバイオ新薬に関する研究開発、技術移転業務を主に行っています。上記会社がその社名を「レゴケム」と命名したのは、化合物生成手法の一つである「Lego Chemisty」という用語から由来したものと推測されます。
レゴケムバイオサイエンスは、2015年11月、社名を連想させる「LEGOCHEMPHARM」(以下「対象商標」)商標を商品類区分第5類の抗生物質、抗がん剤などを対象として商標登録出願し、特許庁は2016年4月、出願公告決定を下しました。ところが、全世界的に玩具組立ブロックメーカーとして有名な「レゴ(LEGO)」は2016年5月、出願公告された商標に対して異議を申し立て、1年余りにわたる攻防の末、レゴ側の異議を認容する決定が下され、商標登録が拒絶されました。しかし、レゴケムバイオは2018年11月特許審判院に拒絶決定不服審判を請求し、特許審判院は2020年2月審判請求を認容し、対象商標の登録を許可しましたところ、レゴは2020年3月特許法院に審決取消訴訟提起し、特許法院は2020年11月特許審判院の審決を取消す判決を宣告しましたのです。これに対し、レゴケムバイオは2020年12月21日大法院に上告しましたが、第34条第1項第11号後段は、「出所の誤認・混同のおそれはなくても、識別力又は名声を損なうおそれのある商標の登録を認めないことにより、著名商標に内包された顧客吸引力や販売力等の財産的価値を保護するためのものである」と規定の趣旨を説明しながら、対象商標は「レゴ」側の先使用商標が持つ識別力が損なわれるおそれがあるとして、レゴケムバイオの上告を棄却しました(本ニュースレターの対象判決)。
3.商標法第34条第1項第11号後段の意味に関連して
商標法第34条第1項第11号は「需要者に著しく認識されている他人の商品や営業と混同を生じさせたり、その識別力または名声を損なうおそれがある商標」と規定していますが、前段と後段を分けて規定を適用しています。
前段(他人の商品や営業と混同を生じさせる場合)は、「著名な商品または営業との誤認・混同による不正競争を防止し、一般需要者の利益を保護するために、著名商標と混同のおそれがある商標を不登録事由として規定する」一方で、後段(需要者に著しく認識されている他人の商品や営業に関する識別力又は名声を損なうおそれがある場合)は、「一般需要者の混同がない場合でも、著名商標の識別力又は名声を損なう商標を不登録事由として規定」して、商標に化体された財産的価値を保護することを目的としていますが、前段が「公益的目的」を持つとすれば、後段は「私的目的」を持つものと区別されています。
前段は、標章が非類似であっても商標構成のモチーフ、アイデアなどを総合的に考慮して著名な他人の商標が連想される場合と、商品が全く非類似であっても、競業関係ないし経済的柔軟関係が認められれば、出所の誤認・混同を生じさせるものとして、商標法上の拒絶理由、無効事由として機能することは広く知られています。
一方、後段は、2014年改正法で新たに導入されたもので、同一・類似範囲の商標に対して排他的効力を有する伝統的な商標法理論から脱却し、著名商標の識別力や名声を損なう商標の登録を阻止する「著名商標の希釈化現象」を防止するための性格を持つとされています。レゴケム判決が宣告される以前までは、商標法第34条第1項第11号後段が直接問題とされた大法院判決例は存在しませんでしたが、学界は「不正競争防止及び営業秘密保護に関する法律」(以下「不正競争防止法」)第2条第1号ダ目に規定された解釈例を参考にして第11号後段の規定の適用範囲を定めようという立場であり、特許庁の商標審査基準も同様の立場をとっていました。
不正競争防止法第2条第1号ダ目は、「弱体化(blurring)」と「損傷(tarnishment)」の二つのタイプによる希釈化の両方を規制しており、「弱体化」による希釈化は、著名標識と同一・類似の商標を業種が全く異なる商品に無断で利用してその識別力や出所表示機能などを減少させることを意味し、「損傷」による希釈化は、著名標識と同一・類似の商標を低品質の劣悪な商品に使用したり、不健全で反社会的な方法で使用することにより、その名声や信用などを毀損する場合を意味します。バッグや貴金属類に関する著名標章をレストランや電子製品などに使用することは、弱体化による希釈化に、そして、風俗店やわいせつ物などに使用することは、損傷による希釈化に該当すると考えられます。この点に関連しては、一刀両断で「弱体化」と「損傷」を区別するのではなく、「弱体化」と「損傷」の両者を明確に区別することが困難な場合も発生する可能性を排除することはできません。
希釈化が発生する恐れがあるか否かは、著名標識と同一・類似の標識の使用によって著名標識の単一的な出所表示機能が損なわれ、顧客吸引力が減少したか否かによって決定されるものであり、大法院は、「『識別力の損傷』は、『特定の標識が商品標識や営業標識としての出所表示機能が損なわれること』を意味すると解するのが相当であり、このような識別力の損傷は、著名な商品標識が他の者によって営業標識として使用される場合にも生じる」と判断したところがあります(「バイアグラ」事件、大法院2004.5.14.宣告2002ダ13782判決)。
「バイアグラ」事件が宣告された後、不正競争防止法第2条第1号ダ目が問題となった事件が多数存在しましたが、代表的なものとしては「バーバリーカラオケ」と「アウトバックモーテル」事件を例に挙げることができます。法院は、全世界的に著名な商標の商品又は営業と全く関係のない対象に使用する行為は、不正競争防止法第2条第1号ダ目の「識別力・名声の損傷」に該当すると判断しました。
1) 「バーバリーカラオケ」事件(大田高等法院2010.8.18.判決2010ナ819判決、確定)
世界的に著名な商標であるバーバリーをカラオケ店の商号として使用する行為は、たとえサービス業が同一・類似していなくても、「バーバリー」の商品標識としての出所表示機能が損なわれたといえる。また、「バーバリー」という商号を忠清南道天安市のような中小都市で市民が比較的安価な価格で利用できるカラオケ店の商号に利用することで、国内で高級ファッションのイメージで知られる「バーバリー」の名声を損なったと判断しました。
2) 「アウトバックモーテル」事件(特許法院2017.6.29.判決 2016ナ1691判決、大法院審理不属行棄却)
世界的に著名な商標であるアウトバックと類似した標識をラブホテル無人宿泊施設の商号として使用する行為は、アウトバックが構築した家族中心で自然にやさしいファミリーレストランとしてのイメージと価値を損なうだけでなく、アウトバックが持つ出所表示機能も損なうものと判断しました。
大法院はレゴケム判決で、「レゴ(LEGO)」という商標が高い認知度と強い識別力を持っている状況で、レゴケムバイオが新薬の研究・開発の特徴を示すために必ずしも「Lego chemistry」という用語の略称を使用する必要があるとみなすことは難しい一方、レゴケムバイオは「レゴ(LEGO)」との連想作用を意図して対象商標を出願した可能性を排除することができないとし、商標法第34条第1項第11号を適用できると判断しました。
つまり、実際に著名商標との間に出所の誤認・混同が発生するおそれがあるかどうかを考慮せず、商標の識別力が損なわれる可能性さえ存在すれば、商標法第34条第1項第11号を適用できると判断したのです。
4.示唆点
知的財産権法の領域の中で、標章に対して適用できる法律は、商標法、不正競争防止法、著作権法程度を考えることができます。その中で、伝統的に、登録商標に対しては商標法、未登録商標のうち有名な商標に対しては不正競争防止法を適用し、まれに標章自体にデザイン的要素を含んでいる場合は、著作権法を併存的に適用する方法が主流でした。
商標法は、登録商標と同一・類似範囲の商標に対する登録排除効、使用禁止効を有する一方、不正競争防止法は、同一・類似の領域から外れて混同の可能性、識別力や名声を損なう可能性が認められるかどうかを判断するという違いがあります。つまり、不正競争防止法は、問題となる事案の具体的妥当性を考慮した解決を目的としています。
登録商標の場合、同一・類似の範囲で排他的効力を持つことが原則ですが、著名商標の場合には、登録排除効力をより広く認め、著名商標保有者が相当の時間と費用をかけて構築した信用を保護しています。さらに、レゴケム判決は、著名商標の識別力が減少する可能性が存在すれば、たとえ著名商標の指定商品と全く類似しない指定商品であっても商標登録が不可能であるとし、著名商標に対して商標権の保護範囲をより広く見る結論を導き出しました。特に、レゴケム判決は、対象商標の指定商品である抗生物質、抗癌剤は、「レゴ(LEGO)」商標の指定商品である玩具、玩具製品と比較してみると、低級であるとか否定的なイメージを持つものと見ることができず、既に2000年代に入ってから化合物合成技法の一つとして「Lego Chemisty」という用語が使用されてきたという事情に照らし合わせると、これまでの不正競争防止法第2条第1号第1号ダ目が問題としてきた事例と比較して、「識別力損傷」のカテゴリーがより広がったことを示唆しているといえます。
著名商標の識別力を損なう商標の登録を排除することは、著名商標保有者の信用を保護するための観点から妥当な側面がありますが、著名商標とは全く無関係な商品に使用されるという事情だけで登録を排除する識別力の弱体化にまで商標法第34条第1項第11号を適用することは慎重を期すべきであるとも言えます。識別力を弱める行為に対しては、商標権侵害責任を問うことができず、不正競争防止法に基づく責任を問うしかないのですが、実際に著名商標権者に損害が発生したか及び発生した場合、その損害がどの程度であるかを見定めるのが難しいのが現実です。
ただし、不必要な法的リスクを防止するため、有名な商標と同一・類似の商標を使用して新たな商品を発売したり、事業を開始する行為はなるべく控えることが妥当であると考えられます。
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