1.概要
賃金ピーク制は、2015年頃の改正「雇用上の年齢差別禁止及び高齢者雇用促進に関する法律」の施行により、定年が60歳に延長され、これによる人件費の増加、新規採用の減少等の問題が提起されるや、政府の指針により先ず公共機関に導入され、複数の主要企業に導入された制度で、定年前の年齢から賃金を一定割合で調整していく制度です。
最近、法院は賃金ピーク制と関連し、年齢による差別として合理的な理由が存在せず、無効であるという趣旨の判決を多数示しており、特に、いわゆる「定年延長型賃金ピーク制」に関連しても、賃金ピーク制が無効であるという趣旨の下級審判決が多数出されています。
以下では、最近の判決を見ながら、賃金ピーク制の適用及び運営の際に留意すべき点をお知らせします。
2.大法院2022年5月26日言渡し2017ダ292343判決(韓国電子技術研究院事件)
大法院は、2022年5月26日、「高齢者雇用法」の差別禁止条項は強制規定であるため、これに反する内容を定めた就業規則などは無効であることを前提に、事業主が労働者の定年をそのまま維持しながら賃金を定年まで一定期間削減する形のいわゆる「定年維持型賃金ピーク制」の場合、合理的な理由のない差別に該当するのであれば無効の可能性があると判断しました。
一方、「合理的な理由がない場合」とは、年齢によって労働者を異なる処遇をする必要性が認められなかったり、異なる処遇を課す場合でもその方法・程度等が適正でない場合を指し、これは、賃金ピーク制の導入目的の妥当性、対象労働者が被る不利益の程度、賃金削減に対する対象措置の導入の有無及びその適正性、賃金ピーク制により減額された財源が賃金ピーク制導入の本来の目的のために使われたかなど、様々な事情を総合的に考慮して判断しなければならないという法理を提示すると共に、本件の場合、賃金ピーク制が人件費負担の緩和及び業績達成率を高めるためのものであり、労働者の不利益による対象措置がなく、賃金ピーク制適用労働者に与えられた目標水準や業務内容に差があるとも見ることができないという根拠を挙げて、賃金ピーク制の合理的な理由がないと判示しました。
本判決は、従来の定年を維持しつつ、定年前の労働者の賃金を調整する内容のいわゆる「定年維持型賃金ピーク制」が無効となる可能性があることを示しました。
3.大邱地方法院2023年4月27日言渡し2021カ合205418判決(慶北地域協同組合事件)
大邱地方法院は、2023年4月27日、「定年延長型賃金ピーク制」により退職時までの総受給額が増加したとしても、「労働者に不利益な変更」に該当する恐れがあり、これにより、当該賃金ピーク制を施行するためには「集団的意思決定方法による労働者過半数の同意」が必要であると判示しました。
被告協同組合は、定年を満58歳から満60歳に延長しながらも、満57歳から賃金を削減し、満57歳65%、58歳60%、59歳50%、60歳50%と年齢別支給率を規定した賃金ピーク制を施行しました。裁判部は、退職時まで受け取ることになる「賃金総額」が増加するとしても、増加した賃金総額の増加水準は50%に過ぎず、従来の定年年齢であった満58歳「以下」の満57歳から年俸削減を規定した点から、当該賃金ピーク制は就業規則の不利益変更に該当すると判示しました。また、裁判部は、不利益な変更が適法となるためには、「会議方式による過半数の同意」が必要であるが、同意要請公文書発送の翌日に同意書が提出されたという点から、「会議方式」による同意が行われたと見られないため、賃金ピーク制に対する労働基準法第94条の同意があったとみなせないと判断し、これにより、本件賃金ピーク制就業規則は、手続的要件を満たしていないため、「高齢者雇用法」の「合理的な理由」があるか否かについて検討するまでもなく無効であると判示しました。
本判決は、定年延長型賃金ピーク制で労働者が受け取ることになる賃金総額が増加したとしても、就業規則の不利益変更に該当する可能性があり、労働基準法上の手続を経る必要があることを示唆しています。 また、本判決は、「会議方式」による過半数の同意があったという点につき、すなわち、賃金ピーク制の実施の「手続的妥当性」についても、賃金ピーク制を適用する会社側で立証する必要があるという点も示唆しています。
4.ソウル中央地方法院2023年5月11日言渡し2020カ合575036判決(KB信用情報事件)
ソウル中央地方法院は、2023年5月11日、「定年延長型賃金ピーク制」の場合でも、既存の定年年齢前の「年収の過度な削減」がある場合、「高齢者雇用法」の雇用上の年齢差別禁止義務に違反したものとみて無効であると言い渡しました。
上記の事件の被告であるKB信用金庫は、2016年2月、定年を満58歳から満60歳に延長すると同時に、55歳から年収を削減する賃金ピーク制を導入しました。KB信用金庫は、当該賃金ピーク制を適用する際、直前の年俸を基準として45%ないし70%の年俸を支給するようにし、55歳以降定年までの5年間、成果評価で毎年高い等級(S等級又はA+等級など)を受けた場合にのみ、従来の賃金水準を維持できるようにしました。これは、一部の従業員の場合、賃金ピーク制を適用した最初の年から前年比45%水準の年俸に減額される可能性があり、成果評価で低い等級を受けると、勤務期間が2年増えたにもかかわらず、勤務期間中の賃金総額も減少する可能性があることを意味します。
本件裁判部は、KB信用金庫のこのような賃金ピーク制の適用方式は、労働者に賃金が一度に大幅に下落する過度な不利益を与えるものであり、このような不利益に対してKB信用金庫が業務量や業務強度を低減する等の適切な措置を取らずに一律的に賃金削減措置を行ったという点から、当該賃金ピーク制は、合理的な理由なしに労働者の年齢を理由に賃金等に差をつけるものとして違法、無効であると判断しました。
本判決は、定年延長型賃金ピーク制であっても、年収の削減の幅によって有効性の有無が変わる可能性があることを示唆しています。実際に、賃金ピーク制の適用時点から定年まで10%ずつ賃金が減るKT、既存の定年年齢「以降」4年間にわたり年収が従来の90%から60%まで順次下がるようにした三星火災の賃金ピーク制事件については、賃金ピーク制が有効であるという判決が下されています。
5.大法院2023年6月15日判決2023ダ220875判決(KT事件)
大法院は最近、KTに関する賃金ピーク制事件と関連し、審理不続行の決定を下し、最終的に会社側の勝訴を確定させました。
KTは2014年に定年を満58歳から満60歳に延長し、賃金ピーク制(定年延長型賃金ピーク制)を導入し、満56歳の従業員は既存の賃金の90%、満57歳は80%、満59歳は60%というように年齢別支給率を定めていました。
法院は、賃金ピーク制を導入した2014年頃、会社に高齢の労働者が多く、定年延長に対応して人件費を削減する切実な必要性があった点、定年延長前の給与と定年延長及び賃金ピーク制施行後の給与を比べた時、賃金総額の面でさらに多くの金額が支払われるため、労働者に一方的な不利益を与えるとは考えにくい点、業務量や業務強度などが低減されてはいないが、定年延長そのものが減額された人件費の最も重要な使用先であるため、業務量や業務強度が明示的に低減されなかったとしても、これだけで合理的な理由がないと断定することはできないと判断しました。
この事例は、定年延長型賃金ピーク制に関する大法院の確定判決を受けた事例として、今後、賃金ピーク制の導入の必要性、定年延長及び賃金ピーク制の施行により労働者が得る賃金と従来の定年による賃金総額の比較が重要な判断基準になると予想されます。
6.示唆点
先に紹介した大法院2017ダ292343判決は、賃金ピーク制に関する判断基準を提示し、これを基準として複数の下級審で賃金ピーク制に関する判決が多数言い渡されており、今後、賃金ピーク制を導入した企業を中心に賃金ピーク制事件が多数発生することが予想されます。
先の判決例に照らしてみると、賃金ピーク制が有効であるためには、手続的要件を具備しなければならず、単に賃金ピーク制が「定年維持型」で導入されたか「定年延長型」で導入されたかだけでなく、賃金ピーク制による対象措置の有無、定年延長及び賃金ピーク制の導入によって労働者が得る「賃金総額」が減少したかどうかなど、様々な事情を総合的に考慮し、賃金調整の合理的な理由があるかどうかを立証できる必要があるという点を確認することができます。
したがって、使用者としては、賃金ピーク制の導入当時、手続的要件が完備されているかどうかを確認し、現行の賃金ピーク制による対象措置(勤務時間の減少、業務量の変更など)が行われたか、賃金減額が適正か等を総合的に検討し、法的リスクを予め管理すべきであると思われます。
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上記の内容に関し、ご不明な点がございましたら、いつでも弊社公正取引チームのチェ・ジス弁護士(Tel.02-3477-8677)までご連絡ください。